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脱”Auto”撮影のすすめ

  そろそろ研究にかかわる教訓めいた話しもネタが尽きたので、軽く趣味の話しの続きでも。小学生のころ、市のイベントで参加した写真教室で写真に興味を持ち、一時は週末になると被写体を求めて街中でカメラを振り回すカメラ小僧(今はこんな言葉はないと思うが...)となった。中学のころ、写真愛好家の集まりだった市の同好会に特別に入れてもらい、その同好会のコンクールで一度だけプロの写真家に金賞に選ばれたり、雑誌への写真投稿で佳作に選ばれたこともあった。当時は白黒写真の時代。中学生の小遣いでまかなうために、2-3ヶ月に一度新宿駅西口ヨドバシカメラ(当時はマニアだけが知る超安値カメラ・写真専門店で、1店舗しかなかった)で100 フィートのフィルムを缶で購入し、暗箱の中でパトローネ(フィルム容器)に自分で小分けして詰めていた。もちろん、現像や焼付(プリント)もすべて手作業で行っていた。しかし、 すでに世の中が白黒からカラーに移行する時期にあり、 現像やプリント行程がすべてメーカーまかせとなるカラー写真には興味が持てず、白黒の衰退とともに写真にはすっかり熱がさめてしまった。

 そのようなわけで、今は写真の趣味からはすっかり遠ざかってしまったが、それでも当時学んだり研究した知識、経験、技術は今でも身に染み付いているようである。良い被写体や光景に出会うとつい夢中にカメラのシャッターを切ってしまうが、無意識のうちに構図のとりかた、露光の決め方、焦点距離の選び方などで違いが出るようで、まったくの素人よりはマシな撮り方ができているようだ。たぶん少年スポーツで覚えた体の動きは大人になっても忘れないのと同じだと思う。

 今のカメラはすべてが全自動で、ピントや露出もすべてカメラが”Auto”で調整してくれる。たいへん便利で素人でも奇麗な写真が簡単に撮れるようになった。つい研究装置をいろいろと思い浮かべてしまうが、分取HPLCの自動化が進み、初心者でも簡単に化合物の精製を行えるようになったのと同じである。しかし一方で、合成の世界からかつてのカラムクロマトグラフィーの職人技が伝承されにくくなってきたことも事実である。これではもったいない。老婆心とは知りつつも、少しでも奇麗な写真をとりたいという初心者のために私からのワンポイントアドバイス。脱”Auto”撮影のすすめである。



 一眼レフカメラをファインダー側から見て、左上にあるつまみで”Auto” “P” “S” “A” “M” のモード切り替えができる。通常は誰もがAutoで撮影するだろう。日中の記念撮影などはこれで良い。しかし、朝夕の光のコントラストが大きいとき、Auto撮影では光の当たっている部分が明るくなりすぎ、奇麗には撮れない。
写真1左は朝日に染まる山肌をAutoで撮影したものである。たしかに画面下の草木から上部の山肌まですべてが見えており、カメラは暗部と明部の両方の顔をたてた露光値を選んでいる。しかしこの撮影場所に立ってカメラを構えたときのことを想像して欲しい。自分の心の捉えているのは、陽の当たらない草木ではなく、朝焼けに輝く山肌である。ならば暗部を犠牲にして明部に露光を合わせることでそれを表現できる。カメラにはスポット測光や適正露光値を意図的に増減させる機能もあるが、設定がややめんどうなのと、設定解除を忘れるとその後の写真の露光がすべて狂うことからあまりお奨めはできない。ここは”Auto”から思い切って”M”(マニュアル)に切り替えてみよう。この時、”Auto”でシャッターを半押しして、画面下に表示されるシャッター速度と絞りの適正値を目安として記憶しておく。”M”モードにしたら、シャッター速度と絞りの切り替えつまみをカチャカチャ回し、適正露光値から1、2、3段階ぐらい露光値をさげて撮影してみる。すなわち、シャッター速度で言えば125→250→500→1000(分の1)、絞り値で言えばF4.0→5.6→8.0→11と絞り込み、レンズを通過する光の量を減らしてみる。撮影後、カメラ背面の画面で確認すると、どれか1枚ぐらいは奇麗にとれているものである。こうしてマニュアルで定めた露光値で撮影した写真が右側である。
 

 暗い部分は見えないが(むしろ見えない方が良い)、山肌が赤く染まる様子は表現できている。かつてフィルムカメラの時代には、勘と経験で勝負に出た露光値がキマっているかは、写真屋で現像が仕上がるまでわからなかった。したがってその画面に応じた露光値の設定はかなり上級者の技術であった。これがその場で確かめられて何度でもやりなおせるようになったのはデジタルカメラの最大の威力でもある。この利点を活かさない手はない。気に入った露光値が見つかるまで、何枚でも”M”モードで撮影してみよう。

写真2は米国出張の際、週末に友人が案内してくれたBrice Canyonでの写真である。”Auto”撮影(上)では明るく撮れているものの、朝夕の光が活かされておらず平凡な仕上がりにしかならない。”M”モードで露光を選ぶと、同じ場所、同じ時間で朝夕の光を捉えらたまったく別の写真が撮れる(下)。
 


以下、欧州での写真であるが、逆光に輝く光景はむしろすべてをシルエットにするぐらい思いっきり絞り込んだ方がよい(写真3)。
 


街中にナトリウムランプが点灯する夕暮れ時(写真4)。ややうすぐらい落ち着いた雰囲気を撮りたいが、”Auto”では光量不足と判断され、日中と同じ明るさに写る露光値が選ばれてしまう。ここはやはり露光を押さえることが重要。
 

朝夕でも、日の出直後、日没直前は光の加減で被写体の光景が分刻みで変化するため、かつてはプロでも露光値を読み切れず失敗することが多かった。こういう時は露光値をいろいろと変えながら分刻みでシャッターをきりTrial & Errorで勝負する。写真5は夕陽に染まるArhambra宮殿(Granada, Spain)を捉えるため、日没直前の10分間に30回ほどシャッターを切った。”Auto”の写真との違いは一目瞭然である。
 

余談ぎみであるが、写真6は研究室合宿で学生が披露してくれた余興の一コマ。ここは間違っても”Auto”では撮れない。フラッシュが焚かれ、稲川淳二怪談物まね中のS君(B4)や背後で不気味に演出するM君(M1)の素顔が見えてしまい、余興の爆笑の雰囲気までも壊してしまう。”M”モードで懐中電灯の明かりのみで撮影してみた。迫真の演技が表現できたなかなかの写真となった。S君、M君、ありがとう。